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2007年5月号

〓〓〓試写室だより 封切はこれからだ!〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓第十三号〓〓〓

     映画を見るプロが選ぶ、表ベスト映画&裏ベスト映画
        ∴・∴・∴2007年5月封切り篇∴・∴・∴

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【表ベスト】これぞまぎれもなく、映画を見るプロが選んだ5月の最高作。心して見よ。
【裏ベスト】出来、不出来は二の次。偏愛あり、ヒイキの引き倒しありのアナザー・ベスト!
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INDEX(得票順/カッコ内は選者/日付は封切り日)
【表ベスト】
1位 主人公は僕だった(稲垣、馬場、江戸木、大森、黒田、品田、高橋、田中、みのわ)5月19日
   http://www.sonypictures.jp/movies/strangerthanfiction/index.html
2位 しゃべれども しゃべれども(秋本、稲垣、内海、馬場、高崎、田中、野村)5月26日
   http://www.shaberedomo.com
3位 毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト(稲垣、宇田川、浦崎、河原、皆川)5月26日
   http://kegawa.gyao.jp/
4位 赤い文化住宅の初子(塩田、高橋、皆川、森)5月12日
   http://www.hatsuko-movie.com/
5位 スパイダーマン3(江戸木、高崎、みのわ)5月1日
   http://www.sonypictures.jp/movies/spider-man3/index.html
6位 スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい(秋本、宮城)5月12日
   http://www.smokin.jp/
6位 ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習(江戸木、みのわ)5月26日
   http://movies.foxjapan.com/borat/
6位 LOVEDEATH ラブデス(増當、吉田)5月12日
   http://www.lovedeaththemovie.com/
6位 インビジブル・ウェーブ(河原、暉峻)5月26日
   http://www.cinemart.co.jp/iw/
10位以下
●アパートメント(吉田)5月19日
 http://www.apartment-movie.com/
●歌謡曲だよ、人生は(えいwithフォーン)5月12日
 http://www.kayomusic.jp/
●キャプティビティ(内海)初夏
 http://www.captivity.jp/
●JUST FOR KICKS(森)5月19日
 http://www.j4k-movie.com/
●14歳(高橋)5月19日
 http://www.pia.co.jp/pff/14sai/
●ドリーム・クルーズ(吉田)5月12日
 http://www.dream-cruise.jp/
●パッチギ! LOVE&PEACE(まつかわ)5月19日
 http://www.pacchigi.jp/loveandpeace/
●初雪の恋 ヴァージン・スノー(加藤)5月12日
 http://www.hatsu-yuki.com/top.html
●THE焼肉ムービー プルコギ(秋本)5月5日
 http://www.yakiniku-movie.com/
●リーピング(加藤)5月19日
 http://thereapingmovie.warnerbros.com/
●ロニー~MODSとROCKが恋した男~(加藤)5月12日
 http://ronnie-love.com/
○あるスキャンダルの覚え書き(浦崎、品田、田中、野村、宮崎)6月
   http://movies.foxjapan.com/notesonascandal/
○フランドル(河原、高橋※前号、まつかわ※前号)4月
   http://www.flandres-movie.com/
<○印は5月公開でないため集計外>

【裏ベスト】
1位  パッチギ! LOVE&PEACE(秋本、馬場、塩田、品田、高崎、森)5月19日
   http://www.pacchigi.jp/loveandpeace/
2位 スパイダーマン3(馬場、品田、増當、まつかわ)5月1日
   http://www.sonypictures.jp/movies/spider-man3/index.html
3位 赤い文化住宅の初子(秋本、田中、宮崎)5月12日
   http://www.hatsuko-movie.com/
3位 しゃべれども しゃべれども(安藤、高橋、まつかわ)5月26日
   http://www.shaberedomo.com
5位 歌謡曲だよ、人生は(えいwithフォーン、大森、塩田※前号参照)5月12日
   http://www.kayomusic.jp/
6位 LOVEDEATH ラブデス(稲垣、野村)5月12日
   http://www.lovedeaththemovie.com/
6位 アパートメント(野村、宮城)5月19日
   http://www.apartment-movie.com/
6位 俺は、君のためにこそ死ににいく(秋本、田中)5月12日
   http://www.chiran1945.jp/
6位 毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト(大森、宮城)5月26日
   http://kegawa.gyao.jp/
6位 スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい(江戸木、高橋)5月12日
   http://www.smokin.jp/
6位 眉山 -BIZAN-(田中、宮城)5月12日
   http://bizan-movie.jp/index.html
6位 THE焼肉ムービー プルコギ(宮城、まつかわ※前号参照)5月5日
   http://www.yakiniku-movie.com/
6位 ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習(まつかわ、吉田)
5月26日 http://movies.foxjapan.com/borat/
14位以下
●主人公は僕だった(まつかわ)5月19日
 http://www.sonypictures.jp/movies/strangerthanfiction/index.html
●低開発の記憶―メモリアス―(浦崎)5月26日
 http://www.action-inc.co.jp/memorias/index.html
○あるスキャンダルの覚え書き(内海、河原、黒田、高崎、まつかわ)6月
 http://movies.foxjapan.com/notesonascandal/
○キサラギ(田中、皆川)6月 http://www.kisaragi-movie.com/
○吉祥天女(内海)6月 http://www.kisshohtennyo.jp/
○ハンニバル・ライジング(河原)4月 http://www.hannibal-rising.jp/
<○印は5月公開でないため集計外>

【総合】
同列1位『主人公は僕だった』『しゃべれども しゃべれども』
同列3位『毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』
    『赤い文化住宅の初子』『スパイダーマン3』『パッチギ! LOVE&PEACE』

◆◇◆執筆者プロフィール、近況、著作はHPに掲載◆◇◆
   http://www.ne.jp/asahi/regard/best-urabest

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★秋本鉄次さん(映画評論家)──────────────────────────

 【表ベスト】
  ●しゃべれども しゃべれども
  ●THE焼肉ムービー プルコギ
  ●スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい

  5月は超大作「スパイダーマン3」や「パイレーツ3」が賑々しく公開される月だ
 が、両方ともあまり食指が動かない。結局見るんだろうけど。それより、6月1日の公
 開なので、次号で詳しく書くが、ワシャ「ザ・シューター 極大射程」みたいな映画に
 やっぱり血が騒ぐね。というわけでアウトロー・アクション・テイストとして「スモー
 キン~」を滑り込ませた。ブッ飛んだキャラの混沌たるお騒がせぶりが心地よい。これ
 でボンデージの美女殺し屋がもっと活躍&エロス増量ならね。邦画で愛したいのは、あ
 えて人間の成長物語賛歌にしなかった「しゃべれども~」も、あえてグルメ対決ものの
 醍醐味を封殺した「プルコギ」も我が意を得たり。落語も焼肉もこれでまた好きになっ
 た。今月の教訓=野暮はいけねえ、酒がまずくならあ。

 【裏ベスト】
  ●パッチギ! LOVE&PEACE
  ●俺は、君のためにこそ死ににいく
  ●赤い文化住宅の初子

  表ベストからあえてハミ出させ、井筒対石原の“I・I戦争勃発”を仕掛けたい。
 「パッチギ」と「俺は」は2本まとめて見ると相乗効果が生まれるはず。封切り日も1
 週違いだし。「俺は」は簡単に批判できる映画(結局、特攻情話に堕している。そんな
 ことで特攻の真実に迫れるか。「ああ決戦航空隊」「大日本帝国」の今は亡き笠原和夫
 氏だったら、もっと刺激的な特攻映画にしたものを)だが、特攻論争のたたき台ぐらい
 にはなるはず。そんな石原映画をあからさまに仮想敵にしている井筒映画。ぜひ、テレ
 ビのトーク番組で両者登場して激論して欲しいが、無理かね。「赤い~」は“文化住
 宅”“初子”のイメージから近過去が舞台かと思ったら、現代の話なのが新鮮だった。格
 差社会はすでに深刻だ。坂井真紀が演じるヤル気ゼロだが、女のハードボイルド精神は
 しっかり持っている担任教師も今を生きるキャラでナイス!

 【封切は終わったけれど…】
  アンディ・ラウが苦手なので、見そびれていた「イノセント・ワールド 天下無賊」
 だが、列車におけるアウトローたちの攻防のあたりアルドリッチの「北国の帝王」を想
 起し気持ちが良かった。中国奥地の風景も“「世界の車窓から」アウトロー版”みたい。
 ラウは相変わらずエエカッコしいだが、彼と詐欺師コンビを組むヒロインの熟女レネ・
 リウがイイね。ラストの食いっぷりに女性の生命力の具現を見る思い。食う女はセク
 シー! 「プルコギ」の山田優ちゃん(ファンです)の食いっぷりも良かったなあ。

★安藤智恵子さん(ライター)──────────────────────────

 【表ベスト】
  ●なし
 
 【裏ベスト】
  ●しゃべれども しゃべれども

  長瀬、山口に続いて国分太一が落語家の役に挑戦。TOKIOはジャニーズ初の“落語が
 できるアイドル”になるのか!? 奇をてらわない真っ当な演出は好感度大だが、せっか
 くの落語の場面が少なすぎる(あと、カットのつなぎ目がいかにも「CM入り/CM明
 け」みたいに感じた)。基本もできてないくせに襲名の祝い金を床下に隠す……じゃな
 くて、古典をバカにして新作に走る若手落語家がリアルで笑える。

 【封切は終わったけれど…】
  『リンガー! 替え玉★選手権』。前回の裏ベスト1位だったので期待して見に行っ
 た。基本的にヒューマニストなファレリー兄弟は、どんどん毒が抜けていくね。主人公
 が知的障害者になりすますため「レインマン」等のビデオを参考にするのが可笑しい。
 主演俳優の顔がジム・キャリーによく似ていたなぁ。

★稲垣都々世さん(映画評論家)─────────────────────────

 【表ベスト】
  ●しゃべれども しゃべれども
  ●毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト
  ●主人公は僕だった

  本当は3本とも【裏ベスト】にしたかったが、ほかにないので【表】になってしまっ
 た。「しゃべれども……」はさらっとして爽やかな気分になれる。国分太一の演技にも
 感心した。ジャニーズ事務所はやっぱりえらい。「毛皮のエロス」は実在の人物を主人
 公にしたせいで、「セクレタリー」調のおかしさを失った。「主人公は僕だった」は、
 完成した映画より、プロットが一番面白い。
 
 【裏ベスト】
  ●LOVEDEATH ラブデス

  恐ろしき「北村龍平監督作品」で、しかも158分もある長尺とあって、試写室を途中
 で退室するつもりで入ったが、ちゃんと最後まで見た。私の精神が弛緩したのか、寛容
 になったのか。これまでの彼の作品の中では一番面白かった。といって、「私の映画」
 ではないが……。

★宇田川幸洋さん(映画評論家)─────────────────────────

 【表ベスト】
  ●毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト

  これは<裏>のほうがおさまりがいいような気もするが、今月はあまり見てなくてタ
 マがそろわないので<表>にしてしまう。
  原題“Fur”は、外来の服飾用語「ファー」として知られているので「毛皮」という意
 味であたまが固定されていたのだが、この映画がさししめしてくるものは「毛」である
 (毛皮は、その一部)。はずかしいことに、この単語は、知ってるつもりになって、英
 和辞書でひいたことがなかったのだが、ひいてみたらちゃんと第一義は「毛」であった
 (くわしい定義は割愛)。なので、原題を直訳すると『毛』という映画なのである。
  むかし、山田宏一さんに、ピンク映画の初期(’60年代はじめか)に『毛』という漢
 字1字の題名の作品があって、強烈なインパクトをはなっていた、と聞いたことがあっ
 たが、たしかに『山』とか『鳥』とはことなるインパクトがある。
  人間はどうも「毛」をおそれ、「毛」にひかれる。人間と毛、というのは大きなテー
 マである。毛沢東を文字って「毛沢山」というのは、金子修介監督『香港パラダイス』
 (’90)で背景にさりげなく箱がつんであった中国製毛はえぐすりの名前だが(あのこ
 ろ、「101」とかが、はやっていた)、ホントに、もう、たくさんの考察がうじゃう
 じゃとみちびき出せるほどのテーマである。
  だけど、映画では普通そんなことはテーマにしない。それを、この映画はしている。
 写真家ダイアン・アーバスを主人公にしたから、そうしうテーマが出てきたのだろう
 が、それにしても変わっている。変態的である。そこがおもしろい。
  カンケイないけど、むかし乾燥剤で「ケミセチン」というのが、センベイなんかの袋
 によくはいっていたが、最近、見かけませんね。「シリカゲル」というのもあったが、
 いまはどうしているのか。

★内海陽子さん(映画評論家)─────────────────────────

 【表ベスト】
  ●しゃべれども しゃべれども
  ●キャプティビティ

  古い東京の匂いをそっとたきこめたような世界を国分太一が軽妙ながら真剣に案内す
 る『しゃべれども しゃべれども』は、平山秀幸監督久々の快作。鬱屈した気分におお
 われそうな世界に、春めいたやわらかさを添えた功労者は八千草薫。『コレクター』以
 来さんざん見せられた「監禁もの」の久々の力作が『キャプティビティ』。先を読めて
 も読めなくてもきっちり満足させる展開に興奮。優秀な職人肌の人間だけが最も有能な
 サイコ犯罪者になれると納得。

 【裏ベスト】
  ●あるスキャンダルの覚え書き
  ●吉祥天女

  初老の独身女性から見た魅力的な既婚女性の性を、暗い嫉妬心もあらわに演じるジュ
 ディ・デンチにすがすがしささえ覚える『あるスキャンダルの覚え書き』。彼女の前で
 はまだまだ娘っ子のケイト・ブランシェットのけだるい色香も上々。丸顔を上手に隠し
 た鈴木杏の魔性ぶりに思わず身を乗り出す『吉祥天女』。「普通の少女」にふんした本
 仮屋ユイカの平凡さとの対比がエロティック。原作ものの宿命か、終盤、つまらぬ感傷
 が持ち込まれて興を削ぐのが残念。

★馬場英美さん(ライター、エディター)─────────────────────

 【表ベスト】
  ●しゃべれども しゃべれども
  ●主人公は僕だった

  どちらも手堅い演出で楽しめたけど、欲を言えば『しゃべれども しゃべれども』は
 もう少しきちんと落語を見せて欲しかった。『主人公は僕だった』は意外とヒューマン
 的な要素が強く、笑いを期待していったら大間違い。悲劇作家役のエマ・トンプソンの
 こわれっぷりにウケた。

 【裏ベスト】
  ●スパイダーマン3
  ●パッチギ! LOVE&PEACE

  「スパイダーマン3」は、黒い感情に支配されたトビー・マグワイアの悪ノリがツボ
 にはまった。トビーは一応美形だと思うけど、どうやってもきまらない、あのダサさが
 魅力なんでしょうね。「パッチギ! LOVE&PEACE」は、前作と比べるとあざとさ
 が目立つが、中村ゆりの透明感と芸能界ネタはおもしろく見れた。あと、いかにも昔顔
 な子供がかわいい。

 【封切は終わったけれど…】
  遅ればせながら見た「ハンニバル・ライジング」は、アンソニー・ホプキンスのレク
 ターと比べると、知性が少し足りない気もしたが、ギャスパー・ウリエルのゾクッとす
 るような美しさは絶品。「マイアミ・バイス」では疲れたオバサンにしか見えなかった
 コン・リーも、美しく撮ってもらっていたので、ひと安心。

★浦崎浩實さん(激評家=映画評・劇評)─────────────────────

 【表ベスト】
  ●あるスキャンダルの覚え書き
  ●毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト

  “性”あらばこそ! 上記2作は、その赤裸々な一種“異界”の告白で、おぞましくも感
 動的。夫の立場がないのも2作に共通、コメディでもある。フワフワした“愛”など介在
 しないオトナの映画、すなわち、アナタの映画ですよ。

 【裏ベスト】
  ●低開発の記憶―メモリアス―

  〆切までに未見ゆえの“ウラ”です。39年前に製作されたキューバ映画の不朽の名
 作、というふれ込みは掛け値ナシらしい。いま一番、観たい映画。

 【封切は終わったけれど…】
  久延将大+波田野州平「YALTA TALKS」(短編6作)中の「音楽がながれてい
 る」に感銘。木造2階建て、庭付きのあまり機能的ではない日本家屋で30歳前後らし
 い男たち4人が共同生活(?)している。その穏やかな時の流れ。ピンチで吊るされた
 何枚かの巨乳映画ポスターが、窓を開けるや、一陣の風でなまめかしく吹き上がり、外
 の波打つ竹が窓ガラスに投影される。不思議な肉体のざわめき。名作! DVD(1500
 円)でも発売中。

★えいwithフォーンさん(シネマブロガーズ)──────────────────

 【表ベスト】
  ●逢いたくて逢いたくて(『歌謡曲だよ、人生は』)

 ──これって昭和の歌謡曲をモチーフにしたオムニバスだよね?
 「うん。その中でも一頭抜きん出ていたのが矢口史靖監督『逢いたくて逢いたくて』。
 一部屋限定のシチュエーション・コメディかと思いきや、最後は外に飛び出して大感動
 の結末へと至る。この監督はまさしく映画の申し子だね。ラジオ、自転車などの小道具
 による伏線、スローモーション技法のもたらす効果など、もう完全に映画のツボを熟知
 している。しかもそれによって描かれるのが、簡単にはアツくなることがない現代の若
 者が人の想いの深さに触れ、自分そのものが変わるその奇跡の瞬間-------。喋っている
 うちにもう一回観たくなっちゃったな」

 【裏ベスト】
  ●『乙女のワルツ』(『歌謡曲だよ、人生は』)

 ──あれれ。こちらも同じ映画からセレクトだ。伊藤咲子の歌がよかっただけじゃニャ
 いの?
 「喫茶店のマスターが店に現れた女性を見て、昔、自分がバンドをやっていた頃のファ
 ンの女の子を思い出すと言うベタな設定なんだけど、マスターを演じるマモル・マヌー
 がとにかく味がある。実は観ている間マモル・マヌーとは気づかず、ただGS風の演奏
 を懐かしんでいたんだけど、あとで彼と知ってビックリ。このエピソードのラスト
 ショットは、絶妙のキャスティングとそれを写し出すカメラアングルの相乗効果で、こ
 れ以上は望みえないほどの切なさを醸し出す。そうそう、このエピソードには故・鈴木
 ヒロミツ(元モップス)が医者の役で出演。ヒロインが不治の病であることを主人公に
 告げるシーンはあまりにも辛かったね」

 【封切は終わったけれど…】
  『ブラックブック』
 ──ポール・バーホーベンと第二次世界大戦? ニャんだか結びつかないニャあ。
 「ところがこれがバーホーベンならではのセックス&バイオレンス満載。しかも『ナチ
 女収容所』ばりの女囚残酷シーンまであって、生真面目な反戦映画とは完全に一線を画
 している。なかでも涼しい顔で、かつての部下を死へと至らしめるナチ将軍のエピソー
 ドが人間の本質を突いていて見せる。6月公開の日本映画『14歳』の中に『あいつら
 は自分が生き残るためなら何でもする』という教師のセリフがあったけど、一瞬それが
 頭をよぎったね」

★江戸木純さん(映画評論家)──────────────────────────

 【表ベスト】
  1位)ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習
  2位)主人公は僕だった
  3位)スパイダーマン3

  1位)は下品極まりない下ネタと過激な政治ネタを絡めて、『ジャッカス』風ドッキ
 リカメラの要素まで入れて笑わせるラジカルなコメディ。不快さと痛快さが交互に押し
 寄せる怪作。2位)はまるでSFショートショートのような教訓的ファンタジーをよく
 練られた脚本と芸達者な役者たちの存在感でリアルなドラマとして楽しませる奇抜な快
 作。変種の難病ドラマとしても面白い。3位)は無個性になりがちな物語的にはどうで
 もいいブロックバスターなのにサム・ライミがそのマニア性を失わないのがうれしいシ
 リーズ最新作。主演2人が美男美女じゃないのが魅力という不思議なシリーズ。でも、
 やっぱりちょっと長いが…。

 【裏ベスト】
  ●スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい

  曲者俳優をずらりと揃え、凝った構成の脚本で楽しませる注目の監督による通好みの
 犯罪映画だが、クライマックスがもうひとつ散漫でせっかく魅力的なキャラクターの
 数々がもったいない。

 【封切は終わったけれど…】
  『続・荒野の用心棒 スペシャル・エディション』はニューマスターに新たに日本語
 吹き替え版と英語版も収録、フランコ・ネロとルッジョ・デオダート(当時助監督)が
 語るドキュメンタリーも必見の完璧版。あとの2本は劇場未公開ながら要チェックの快
 作。『怨霊の森』は『メイ』のラッキー・マッキー監督の新作で『乙女の祈り』に『サ
 スぺリア』と『死霊のはらわた』を加えたようなファンタジー・ホラー。『アメリカ
 ン・ソルジャーズ』は、イラクに送られた小隊の1日を描くドキュメンタリー・タッチ
 の戦争アクション。低予算ながら、ベテランのシドニー・J・フューリーが、彼の傑作
 『ヤング・ソルジャー』を思い起こさせる久々の健闘を見せる。

★大森さわこさん(映画評論家)─────────────────────────

 【表ベスト】
  ●主人公は僕だった

  「マルコヴィッチの穴」にも通じるファンタジー世界をちょっと渋めの人間ドラマに
 仕立てたマーク・フォスター監督(「チョコレート」、「ネバーランド」)。派手さは
 ないが、いつも手堅い。変人風の作家を演じるエマ・トンプソン、お菓子作りのうまい
 マギー・ギレンホールなど脇役も充実で、けっこう拾い物でした。マギーのおいしそう
 なクッキー作りのレシピ、教えてほしいものです。

 【裏ベスト】
  ●毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト
  ●逢いたくて逢いたくて(『歌謡曲だよ、人生は』)

  前者は写真家、ダイアン・アーバスの歪んだ世界をリンチ風のファンタジーとして描
 いた作品。ニコール・キッドマン=アーバスではないのでしょうが、女性の創造のめざ
 めを描いた部分は興味深かった。
  後者のオムニバス、矢口史靖の部分はすごくおもしろい。園まりのベッタリ感のある
 曲を妻夫木くんの疾走(?)で見せる構成。その新(珍?)解釈に笑いました。

 【封切は終わったけれど…】
  「星影のワルツ」。写真家、若木信吾の監督デビュー作で、自分の家族をフィクショ
 ンとして映像化。祖父役を演じる漫才師の喜味こいしがダンディで驚く(幻のブルース
 マンみたいです)。一種のプライベート・フィルムだけれど、その不思議な感覚が
 ちょっとイイかんじ。<創造>は自身の核を真摯な眼差しで見つめ直すことで生まれる
 んだな、と思いました。
  それと以前も取り上げた「ヨコハマメリー」ですが、4月に近所のシネコンで横浜映
 画祭があり、久しぶりに再見。全国をまわり、ご当地に帰ってきたメリーさん。今も満
 席の人気! 封切りから丸1年たつそうですが、この“ささやかな映画”の底力に改めて
 感動でした。

★加藤久徳さん(ライター)───────────────────────────

 【表ベスト】
  ●ロニー~MODSとROCKが恋した男~
  ●リーピング
  ●初雪の恋 ヴァージン・スノー

  かつて、日本でコンサートが開催されたときに出かけたことのあるロッド・スチュ
 ワートが、元フェイセスのメンバーであったと知ってはいたが、そのフェイセスの仲間
 だったロニー・レインのことを僕は知らなかった。『ロニー~MODSとROCKが恋した
 男』は、そのロニー・レインについての証言ドキュメンタリーであり、登場する事実内
 容は(知らなかったとはいえ)衝撃的なものだった。おのれの不明を恥じてもしかたな
 いが、ロッドに対する認識はちょっと変わったな。
  あとの2本はスターの魅力で観た。突然公開が決まったワーナー映画『リーピング』
 は怪奇映画の部類に入るが、70年代を席巻した昆虫パニック物も思い出して、なんか
 懐かしい映画を観たような感じ。オスカーを2度受賞して、やっと“トップスター”にな
 れたようなヒラリー・スワンクが戦うヒロインを背伸びすることなく好演。キュート
 だった。
  『初雪の恋』は、京都を舞台にした日韓合作のラブロマンス。良くも悪くも、韓国青
 年イ・ジュンギと日本娘の宮崎あおいのパーソナリティで全編を引っ張る1時間41分
 だった。この2人がタイプでないとついていけない作品だと思う。24歳のイ・ジュン
 ギはおバカな高校生がよく似合うが、シャツからはみ出るニの腕は太い。

 【封切は終わったけれど…】

  フランス映画祭2007の一環として3月17日から4月15日まで、渋谷ユーロスペース
 と東京日仏学院の2ヶ所で1ヶ月にわたり開催された〔ジャック・ドゥミの世界 結晶
 (クリスタル)の罠〕。90年に白血病で急逝した『シェルブールの雨傘』(63)や
 『ロシュフォールの恋人たち』(66)の名匠J・ドゥミ監督の回顧展は、初上映(『モ
 デル・ショップ』(68)『アルス』(59))あり、ドキュメンタリー(『25年目のロ
 シュフォールの恋人たち』(92)『ジャック・ドゥミの世界』(95))あり、関連作
 品(『踊る大紐育』(49)『モッズ』(02))ありと、上映作品数30本の充実した内
 容で大盛況だった。
  僕は日仏学院の方のみに出かけ、長短篇12本を見たが、この種の映画祭の常らし
 く、一般映画ファンよりも、映画史系や(試写室族じゃない)業界の人が多く、顔ぶれ
 を見てニヤリとするばかりだった。れがある同人は山田宏一さんぐらいしか顔を知った
 人は見当たらなかった。
  本当に見て良かったと思ったのは、若き日のハリソン・フォードがオーディションを
 受けたという『モデル・ショップ』と、フォード自身が証言者として登場する『ジャッ
 ク・ドゥミの世界』だ。フォードがドゥミには気に入られたものの、コロンビア映画社
 の反対で出演を果たせなかった『モデル・ショップ』は、確かに今見ても日本公開不能
 な失敗作。後のスターウォーズ“ハンソロ船長”の代わりが『2001年宇宙の旅』(68)
 の乗組員だったゲーリー・ロックウッドというのは運命的だ。『ジャック・ドゥミの世
 界』でフォードが「もし、僕が『モデル・ショップ』に出演していたら、未来は違うも
 のになったかもしれない」と言うのが印象に残る。ロックウッドのその後を考えると、
 こんなところにも人生を感じてしまったのだ。

★河原晶子さん(映画・音楽評論家)───────────────────────

 【表ベスト】
  ●フランドル
  ●毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト
  ●インビジブル・ウェーブ

  「フランドル」、性愛を通して描く人間の原罪と救済。ブリュノ・デュモンの映画は
 いつも寡黙で冷徹で、過激で、そして哀しい。
  「毛皮のエロス」は“異形”に魅せられ自身の創造に目覚めてゆく写真家ダイアン・
 アーバスを描いた、奇妙な悪夢のような作品です。
  ペンエーグ・ラッタナルアーンと浅野忠信が再び組んだ「インビジブル・ウェ-ブ」
 には、死に魅せられた男たちの美学が漂う。アジアン・フィルム・ノワールの匂いを
 たっぷりと…。

 【裏ベスト】
  ●ハンニバル・ライジング
  ●あるスキャンダルの覚え書き

  「ハンニバル・ライジング」で、あのレクター博士の精神形成の秘密が明らかに。日
 本人にとっては、思いもかけない驚きです。フランスの美男子(ボー・ギャルソン)
 ギャスパー・ウリエルの大出世作。
  初老の女教師と美しい後輩との孤独の交流を描く「あるスキャンダルの覚え書き」。
 本来なら文学的香り高い作品になったはずなのに、なぜか女性犯罪者の心理サスペンス
 に…。

★黒田邦雄さん(映画評論家)──────────────────────────

 【表ベスト】
  ●主人公は僕だった

  他人との接触を最小限にとどめ、自己の規律だけに忠実に生きているサラリーマン
 が、実は自分の運命はすべて小説家に握られていて、自分では何もできない人間である
 ことを知る。このアイデアが秀逸で、ドイツ生れのマーク・フォスター監督がうまくま
 とめている。実は私も、自分の人生が誰かに握られている、と思っている人間なのだ。

 【裏ベスト】
  ●あるスキャンダルの覚え書き

  シリアスなドラマかと思っていたら、終盤からはまぎれもなくホラー映画に! その
 大きな原因はヒッチコック映画を思わせる大仰な音楽にあるのだが、ジュディ・デンチ
 とケイト・ブランシェットの演技対決も、「何がジェーンに起こったか?」のベティ・
 デイヴィスとジョーン・クロフォードを思わせて殆どホラー・モード。この対決、引き
 分け。

 【封切は終わったけれど…】
  「ツォツィ」は2010年にサッカーのワールドカップが開催されるヨハネスブルグ
 (南アフリカ)が舞台だが、この地が<世界最大の犯罪都市>といわれる理由がよくわ
 かった。それにしても、映倫が<R-15>に指定したのには驚いた。ここで描かれてい
 るのは理由なき反抗ではなく、理由ある反抗。理路整然とした映画だから、感想文を書
 かせるのにぴったりだと思う。

★塩田時敏さん(映画評論家)──────────────────────────

 【表ベスト】
  ●赤い文化住宅の初子

  5月公開作品に関しては観逃しているものも若干多く、これと言ったものがない。
 「スパイダーマン3」とか「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」と
 か、現時点で試写を観られない大作もある。が、観たからって表ベストに入れる気もな
 いしね(笑)。そんな中、タナダユキ監督の「赤い文化住宅の初子」がイチヌケ。タナ
 ダはSEXとかビンボーといった素材から逃げず、正面からハジケて体当たりしている感
 があって良い。

 【裏ベスト】
  ●パッチギ! LOVE&PEACE

  裏も観逃しが少なくないが、井筒監督の「パッチギ! LOVE&PEACE」はうってつ
 け。話を詰め込みすぎていて、明らかに前作より出来は落ちているが、それだけ語りた
 いという意気込みがある。何しろ’74年の話かと思いきや、実は’44年の戦時中が本筋に
 見える気迫なのだ。逃げて生き抜いたからこそ今がある。何が「俺は、君のためにこそ
 死ににいく」じゃアホんだらと、井筒がマジでパッチギかまそうとしたのは石原都知事
 である、という映画なのだった。

★品田雄吉さん(映画評論家)──────────────────────────

 【表ベスト】
  ●あるスキャンダルの覚え書き
  ●主人公は僕だった

  「あるスキャンダルの覚え書き」はジュディ・デンチの演技がスリリングでした。リ
 チャード・エアーの演出は人間の本音をえぐって見せるような感じがあります。「主人
 公は僕だった」はアイデアが面白く、展開もユニークです。ウィル・フェレルのデッド
 パン演技、エマ・トンプソンのちょっと危ない感じなど、面白い。ちょっとハイブラウ
 かもしれない。

 【裏ベスト】
  ●スパイダーマン3
  ●パッチギ! LOVE&PEACE

  「スパイダーマン3」は、サンドマンなる敵役が登場してキングコングみたいに暴れ
 るのが面白かったです。サム・ライミ監督なので、ヘンな面白さがあるかと期待しまし
 たが、まともなアメリカン・コミックアクションでした。
 「パッチギ! LOVE&PEACE」は、中村ゆりがフレッシュでよかったです。

 【封切は終わったけれど…】
  「ハンニバル・ライジング」はジャポニズムのテーストを加味していましたが、あれ
 は日本のマーケットを意識してのことでしょうか?

★ジャンクハンター吉田さん(フリーライター)──────────────────

 【表ベスト】
  1位)LOVEDEATH ラブデス
  2位)アパートメント
  3位)ドリーム・クルーズ

  アタリハズレがあると囁かれている北村映画(ジャンルとして扱われているのが凄
 い!)であるが『ラブデス』は最近の日本映画には見られなかったブラックコメディ連
 発の男女の逃避行劇で、チャンバラを封印したらこんな笑える面白い作品に仕上がると
 は……再評価必至です。『アパートメント』はユミンこと笛木優子が強烈な役を演じて
 いるので見物。『ドリーム・クルーズ』は石橋凌のテンション高いマッドな演技が最高
 ですぞ!

 【裏ベスト】
  ●ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習

  観終わった後の頭にはなぜか『ベイウォッチ』とパメラ・アンダーソンがやけに刷り
 込まれてしまったシニカルな笑い満載のドッキリ系ドキュメンタリー。アシュトン・
 カッチャーがMTVで展開している『PUNK'D』を彷彿させるセレブ弄りは、本作で究
 極の粋に達した感じ。人種差別とかなんだとか良い子ぶっている人は『ボラット』がコ
 メディ映画ってな部分をすっかり忘れているだけじゃないのかな。マジメに観るよりフ
 マジメに観るべき映画です。

 【封切は終わったけれど…】
  佐々木浩久監督の『学校の階段』が短い尺でテンポも良く楽しませてくれた。原作は
 ハッキリ言って面白くなかったが、それをキチンと実写で調理したセンスは抜群。黒川
 芽衣と佐々木監督のコンビは「呼吸バッチリ感!」が画面からも伝わってくるし、カメ
 ラをまわしている金谷宏二氏の女性をキレイに撮る上手さが表現されていた良質な作
 品。アクションを当初、谷垣健治氏が担当するはずだったのがスケジュールの都合で不
 参加に。残念。

★高崎俊夫さん(編集者)────────────────────────────

 【表ベスト】
  ●スパイダーマン3
  ●しゃべれども しゃべれども

  このところ大作が続いていた平山秀幸監督だが、本来は、こういう小品でこそ、持ち
 味の柔軟な演出力が十全に発揮されるのでないだろうか。やはり低予算の秀作『笑う
 蛙』はヒッチコックの『ハリーの災難』を思わせる落語的な笑いが出色だったが、
 『しゃべれども しゃべれども』は文字通り、落語がメインのテーマで、とりわけ寄席
 の情景を切り取った描写がとてもよい。主人公の師匠である伊東四郎の江戸前の口跡の
 よさにうっとりとさせられる。

 【裏ベスト】
  ●あるスキャンダルの覚え書き
  ●パッチギ! LOVE&PEACE

  『あるスキャンダルの覚え書き』は、かつてのダーク・ボガードと組んだジョセフ・
 ロージー作品にも似た、独特の後味の悪さが舌に残る映画だ。ジュディ・デンチの変温
 動物のような不気味さ、ケイト・ブランシェットの空ろなまでの淫らさが交錯した瞬
 間、見てはならないものを見てしまったような困惑にとらわれる。ミュリエル・スパー
 ク原作の『ミス・ブロディーの青春』あたりから連綿と続くイギリス映画伝統の学園も
 のの系譜にも掉さす異色作である。

 【封切は終わったけれど…】
  ラピュタ阿佐ヶ谷の特集「性と愛のフーガ 田中登の世界」は、土、日は補助椅子が
 出るほどの盛況ぶりで、企画者のひとりとしては、ひと安心。風間杜夫さんのトークの
 時には山崎ハコさんがひょっこり来場し、『責める』の上映後、結城プロデューサーの
 トークの際には、山谷初男さんが飛び入りで参加してくれるなど、すっかり70年代
 モードに染まってしまいました。とくに『白い悪魔が忍びよる』『横溝正史の鬼火』な
 どのテレビ作品はめったに見ることができないレアもののせいか大好評でした。ぜひ、
 製作元である日活から「田中登テレビドラマ傑作選」のようなDVDボックスで出して
 ほしいと思います。

★高橋諭治さん(映画ライター)─────────────────────────

 【表ベスト】
  ●赤い文化住宅の初子
  ●14歳
  ●主人公は僕だった

  『赤い文化住宅の初子』は、素朴なメルヘンの趣がある極貧少女の青春物語。自分の
 不幸を呪う言葉は吐かないが、それなりに過酷な現実を認識しているらしいヒロイン
 (新人の東亜優)の微妙な風情がいい。こんな子が水かけて冷や飯を食うなんて、ああ
 無情! 『ある朝スウプは』の映像ユニット“群青いろ”の劇場第2作『14歳』は、正
 直どう受け止めていいのか戸惑う怪作だが、不意打ちのような衝撃的瞬間を何度も突き
 つけられた。似た映画はちょっと思いつかないが、どんよりとした後味も含め、ミヒャ
 エル・ハネケに近いテイストかもしれない。『主人公は僕だった』のマーク・フォース
 ター監督にインタビューしたら、なぜか話が横道にそれて『ボーン・スプレマシー』の
 素晴らしさについて意見が完全一致しました(笑)。

 【裏ベスト】
  ●スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい
  ●しゃべれども しゃべれども

  前作『NARC/ナーク』で注目株となったジョー・カーナハン監督が、『M:i:
 III』降板騒動を経て完成させた新作が『スモーキン・エース』。かつてのガイ・リッ
 チーあたりと比較されそうな犯罪サスペンスだが、アクション演出の的確さといい、脚
 本家としての才気といい、こちらのほうが遙かに大器と思わせる。今回は“遊び心”が先
 走り気味のコメディ調だが、意外なほどシリアスな落とし前の付け方にこそ、この監督
 の資質が表れているように思う。落語という題材からして新鮮な『しゃべれども しゃ
 べれども』は、いい意味で“さらり”と和める良作でした。

 【封切は終わったけれど…】
  『麦の穂をゆらす風』『サンシャイン2057』といった主演作が相次いでいるせい
 か、最近キリアン・マーフィに注目しているという女性が増えているような。そんな人
 たちには漏れなく、キリアンが冷酷非情なテロリストに扮したDVDスルー作品『パ
 ニック・フライト』を薦めてます。キリアンがいいというより、個人的に大好きなスリ
 ラーだからなんですけどね。

★高村英次さん(映画ライター)─────────────────────────

 【表ベスト】
  ●なし

  試写で見られた作品がみな6月公開に…。

 【裏ベスト】
  ●なし

  表ベストの理由に同じ。

 【封切は終わったけれど…】
  4月14日(土)、NHK・BS2で放送された「記録映画同窓会」は、蒸気機関車の運
 行に携わる鉄道マンを追ったドキュメンタリー『ある機関助士』(1963年、土本典昭
 監督)を、出演者の小沼慶三さんを始めとした当時の同僚に見せるという好企画。小沼
 さんの仕事は機関助士、つまり蒸気機関車の動力源であるエンジン釜に燃料の石炭をぶ
 ち込む“釜炊き”という業務だが、これがなんとハードなことか。赤い口を開けた灼熱の
 釜に一心不乱に石炭をくべる作業の猛烈さが、映像からビシビシ伝わる。汗を流して石
 炭をほうり込む機関助士の真剣さが疾走する機関車のダイナミックな爆音ととともに強
 烈に目に焼きつく。番組ではこの映画を部分部分挿入して、当時について小沼さん達に
 語ってもらうのだが、その言葉のひとつひとつに含蓄がある。「電気機関車はいわない
 が、蒸気機関車は“死んでる”“生きてる”っていうんだよな。蒸気は必ず車体のどこかが
 鳴ってるからね」、「当時は辛いともなんとも思わなかった。今の人なら配属された翌
 日に辞めちゃうだろうなぁ」といった元鉄道マンの言葉を耳にし、運行を終えた機関助
 士が顔や手を洗う際に流れる真っ黒な水(煤)を目にする時、こういう方々がいれば福
 地山線の事故は起らなかったろうに、と思う。実はこの『ある機関助士』は3分の遅れ
 を取り戻そうする機関士と機関助士の戦いがメインであり、この作品自体が当時150人
 の死者を出した三河島事故(1962年)を反省すべく、国鉄が企画した信頼回復PRなの
 である(製作は岩波映画)。ラスト、京都を訪れた小沼さん達が40数年ぶりに蒸気機
 関車のC-62に再会し、それを動かす。みんな青春時代に帰ったような、いい表情だ、
 まぶしい笑顔だ。僕ら40代の男が、団塊の世代の上に位置する父親達を越えることが
 できない瞬間(シーン)がそこにはあった。

★田中千世子さん(映画評論家)─────────────────────────

 【表ベスト】
  ●あるスキャンダルの覚え書き
  ●主人公は僕だった
  ●しゃべれども しゃべれども

  『あるスキャンダルの覚え書き』はとても面白い。人間の愚かさや邪悪さやふてぶて
 しさが生き生きと描かれていて、不思議と楽しくなる。『主人公は僕だった』は虚実の
 仕掛けが気取ってないのが好もしい。

 【裏ベスト】
  ●俺は、君のためにこそ死ににいく
  ●眉山 -BIZAN-
  ●キサラギ
  ●赤い文化住宅の初子

  東映の作る愛国映画は、いつも反骨の精神にみなぎっていて、私は好きだ。『俺
 は…』もすこぶる反骨、反国家なのだ。『キサラギ』は先に脚本を読んでいて筋は知っ
 ていたが、見ているとどんどん面白くなる。死んだアイドルはマリリン伝説のよみがえ
 りを思わせる。

★暉峻創三さん(映画評論家)──────────────────────────

 【表ベスト】
  ●インビジブル・ウェーブ

  『地球で最後のふたり』に続く、浅野忠信(主演)、ペンエーク・ラッタナルアーン
 (監督)、クリストファー・ドイル(撮影)トリオによる新作。最初見たときは、実の
 ところ全てがうまくいってないように見えたのだが、日本公開を機に再見して、思いを
 入れ替えた。浅野主演、ラッタナルアーン監督のコンビでないと作れない、微笑みに満
 ちた緩やか~な追跡と復讐のチンピラ・ムービー。二度見ると全てのシーンが愛しい。

★野村正昭さん(映画評論家)──────────────────────────

 【表ベスト】
  ●しゃべれども しゃべれども
  ●あるスキャンダルの覚え書き

  期待の「パッチギ! LOVE&PEACE」をはじめ「スパイダーマン3」や「パイレー
 ツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」など未見なので、この2本を。「しゃべれ
 ども しゃべれども」の国分太一の佇いの良さ! 「魔界転生」「レディ・ジョー
 カー」と不振続きだった平山秀幸監督にとっても久しぶりの会心作であり、嬉しかっ
 た。「あるスキャンダルの覚え書き」はジュディ・デンチのヒロインの支配欲に凝り固
 まった、おぞましい迫力ゆえに。「噂の二人」のような方向に行くかと思いきや、次の
 獲物を狙って鎌首をもたげるラストでは、ちょっとワイラーの「コレクター」を連想し
 たりしました。

 【裏ベスト】
  ●アパートメント
  ●LOVEDEATH ラブデス

  コリアン・ホラーは苦手で、またかよと思いきや「アパートメント」は、隣の善人た
 ちこそ諸悪の根源という設定には大いに共感させられました。まったく世の中で無垢な
 善意こそ厄介なものはないという展開には無気味な説得力あり。「LOVEDEATH ラ
 ブデス」は、はっきり言って158分という長尺を生かしきれていないなど、山のように
 不満はあれど、何よりもその蛮勇ゆえに。ヒロインのNorAは美人だかブスだかよく分
 からない、筆者にとっては理解不能の存在だが度胸の良さがあることだけは認め、この
 暴走大活劇を支える魅力の一端になっていました。

★増當竜也さん(映画評論家)──────────────────────────

 【表ベスト】
  ●LOVEDEATH ラブデス

  北村龍平監督が自由に撮った快作。一見おふざけ調ですが、実は一所懸命遊ぼうとし
 ている真摯な姿勢も好みです。豪華キャストがそれぞれ個性が生かされているのにも感
 心。いつもながらに「長い」という声も聞きますが、私としてはもっと長くてもよかっ
 たのではと思うほど楽しいひとときの映画でした。

 【裏ベスト】
  ●スパイダーマン3

  本シリーズの裏テーマでもある、人間誰しも心の奥底に潜ませる邪心とどう対峙して
 いくかがもっとも濃厚に出ていたと思います。アクション・シーンのダイナミズムなど
 も含め、シリーズ最高傑作。キルスティン・ダンストも今回は可愛く映っていたので嬉
 しい。

 【封切は終わったけれど…】
  『ゲゲゲの鬼太郎』。自分のことを「オレ」と呼んだり、目玉親父について「うちの
 オヤジはさア」なんて言う今風の鬼太郎に違和感バリバリ。いかに人の世が変わろう
 と、妖怪の世界は同じでしょうに。野沢雅子さんや戸田恵子さんたちが護ってきた礼儀
 正しい鬼太郎はどこへ行った? 田中麗奈の猫娘は似合っているのになあ。

★まつかわゆまさん(シネマ・アナリスト)────────────────────

 【表ベスト】
  ●パッチギ! LOVE&PEACE

  今月はコレ一筋。ゲキドーの74年から75年。戦争が終わって生まれた"戦後日本"の青
 春が終わっていく時代を描き出してます。そして命の絆はめんめんと続く。PEACE
 あってこそのLOVE。朝鮮半島占領・戦争・差別…ばっちぎって生きる李一族のファミ
 リーヒストリーで、気持ちの悪い特攻&戦争美化映画をぶっ潰したいです。

 【裏ベスト】
  ●スパイダーマン3
  ●しゃべれども しゃべれども
  ●ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習
  ●主人公は僕だった
  ●あるスキャンダルの覚え書き

  怒りを復讐や報復へと向けていく心は自分を滅ぼすという自戒を伝えるスパイディ。
 911以降を引っ張ってきたシリーズ最終作で今アメリカは何をすべきかを訴える。「あ
 るスキャンダルの覚書」は二人のアカデミー・ノミネーション納得。脚本も良く書けて
 いる。が、女のいやなところをどばぁっとぶちまけるので男の人はゲッとおもうんでは
 ないかな。

 【封切は終わったけれど…】
  「あしたの私のつくり方」。成海璃子は目だたない普通の女の子にしては美人過ぎる
 が、そういえば他の子よりも背が高い女の子って何となく小さくなろう縮まりたいとい
 う雰囲気を出していたなと思い出す。その雰囲気が出ているので、あぁ、この子わかっ
 て演じているんだなと思う。市川準はこういうのがすきです。

★皆川ちかさん(ライター)───────────────────────────

 【表ベスト】
  ●毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト
  ●赤い文化住宅の初子

  「毛皮のエロス」より、「怖いから、いい」(byニコール・キッドマン)。なかなか言
 える台詞じゃないですよ。
 
 【裏ベスト】
  ●キサラギ

  こういう作品を観ると、自分の笑いの嗜好がくっきりとした形になって見えてきま
 す。

 【封切は終わったけれど…】

  「ロッキー・ザ・ファイナル」。ことあるごとに「引退する」と言い続けたロッキー
 も、リアル定年の60歳に。“隠居”とも『zino』とも無縁な、ちっとも枯れられない
 ロッキーおじいちゃんは、私たちの未来像だよ。彼が一穴主義だってところに、スタ
 ローン(離婚歴2回)のセンチメンタルな部分がよく出てますね。

★みのわあつおさん(ポップ・カルチャー評論家)─────────────────

 【表ベスト】
  1位)ボラット 栄光なる国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習
  2位)スパイダーマン3
  3位)主人公は僕だった

  『ボラット』のアフガニスタン人のTVリポーター、ボラットはTVの「アリG
 ショー」時代からの大ファン。ホノルルで全米公開初日に2度観て、既にアメリカでは
 発売済みのDVDも入手し、アナーキーな風刺とハレンチなギャグとニュー・シネマの
 パロディを楽しんでいます。『スパイディ3』は、期待大のヴェノムの見せ場の少なさ
 が残念。『主人公は僕だった』は、ウィル・フェレル主演作の本邦初公開。自分の
 フィールドのコメディではなく、不条理劇でも芸達者ぶりを発揮。立派だね。

★宮城正樹さん(映画&音楽の批評・分析家)───────────────────

 【表ベスト】
  ●スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい

  『七人の侍』から始まった7人型最新版は7人の暗殺者だ。タランティーノやスコ
 セッシ監督の影響が濃いJ・カーナハン監督だが、目まぐるしいカットの切り返しはト
 ニー・スコット的。エレベーター内相撃ち、銃弾が飛び交うフロアー、相手を見ずに撃
 ちまくるショットなど練られた映像満載で最後は恐るべきサプライズへ。キャラは狂い
 まくり系を思う存分に配置した。ピアノを銃に変えた歌手アリシア・キーズのダイナマ
 イトな演技が強烈。

 【裏ベスト】
  ●毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト
  ●アパートメント
  ●眉山 -BIZAN-
  ●THE焼肉ムービー プルコギ

  表のアリシアの女戦士から、裏のツッコミはヒロイン映画3本。『記憶の棘』と同じ
 くいかがわしいノリ恋愛に挑んだニコール・キッドマンの『毛皮』。前半のヒッチコッ
 ク的1人サスペンス描写が秀逸。怖がらせるヒロインのホラーこそ、ホラーのメイン・
 ストリームと感じさせる韓流『アパート』。男が『サイコ』チックな脇役なのもいい。
 観光ムービー色もある『眉山』だが、某映画で文字るなら「徳島眉山 オカンとウチ
 と、突然、オトン」か。

 【封切は終わったけれど…】
  今回の統一テーマは女性映画。でもって、この2本。10代2人の友情もの『あした
 の私のつくり方』。初期・松たか子を思わせる成海璃子の演技から『四月物語』さらに
 『花とアリス』ラストは『櫻の園』…いろいろ連想させるが、字幕頻出系では『(ハ
 ル)』以来のハッピー結末映画。家族&老女ドラマの『クィーン』。ヘレン・ミレンの
 優雅・自然体は、同じUKの不機嫌・複雑派ジュディ・デンチと対を成す。オスカー受
 賞も納得の熟成の演技だ。

★宮崎祐治さん(イラストレーター)───────────────────────

 【表ベスト】
  ●あるスキャンダルの覚え書き

  女は、怖い。特に女優は悪意を体現する時の嬉々とした表情は、震えてしまうぐらい
 怖い。ケイト・ブランシェットとジュディ・デンチの取っ組み合いも見ものだけれど、
 ずっと映画のナレーションだった、デンチの日記がガラガラと崩れる瞬間は、見ている
 こちらが途方にくれるぐらいのインパクトがあった。ダウン症の息子、「フェラは?」
 と迫る少年、「変態女」と吐き棄てるビル・ナンとかの見え方に監督の悪意も感じられ
 る。

 【裏ベスト】
  ●赤い文化住宅の初子

  10円が足りない。おかずも無くて水でごはんを流し込む。この貧乏がなぜかとても
 愛しい。だから当然、裏ベスト。若い女性監督の、主人公の女高生を抱きかかえるよう
 な寄り添い方がいい。彼女の想像シーンや人物の位置関係や出し入れに稚拙なところも
 あるけれど、ひどい担任教師・坂井真紀のお尻ヌードや、浅田美代子の親切なオバサン
 の豹変など、なかなかの演出力を見せる。楽しみな監督だ。

★森直人さん(ライター)────────────────────────────

 【表ベスト】
  ●赤い文化住宅の初子
  ●JUST FOR KICKS

  『さくらん』を観た人は、ぜひ『初子』も。これぞタナダユキの実力証明。ドキュメ
 ンタリー『JUST FOR KICKS』は映像や編集のセンスもいいんです。

 【裏ベスト】
  ●パッチギ! LOVE&PEACE

  石原某の某特攻隊映画への明確なあてつけに拍手。

 【封切は終わったけれど…】
  遅れましたが『ラブソングができるまで』、最高。劇場で観た『ブラックブック』も
 素晴らしかったです。お客は少なかったですけど……。

★山田宏一さん(映画評論家)──────────────────────────

  表ベストも裏ベストもなく、以下、すべて「封切は終わったけれど」ということにな
 るのですが!
  試写室で見そこなって映画館で見た作品としては、いつまでたっても元気いっぱいの
 結婚適齢期といったラブコメディが、三谷幸喜の女性版といった感じのナンシー・メイ
 ヤーズ監督『ホリデイ』。金があって余裕があってというぜいたくなお話なんですね
 (ホーム・エクスチェンジとは「みんなのいえ」のこと?)。男前のジュード・ロウは
 感じがよく、ふとっちょで身軽なジャック・ブラックは歌がうまく、ビデオ店で『卒
 業』のDVDの話題になるとダスティン・ホフマンがワンカット、特別出演。ビリー・
 ワイルダーやプレストン・スタージェスを想起させるハリウッドの元名脚本家(舞台で
 観たばかりの「グッドラック、ハリウッド」で長塚京三が演じた役とまったく同じよう
 な人物)が、なんと、イーライ・ウォラック。マカロニ・ウエスタンの脚本家だったの
 では? 表情をつくりすぎのキャメロン・ディアスのお婆さん顔が気になるし、はしゃ
 ぎすぎのケイト・ウィンスレットのたくましい体つきもおどろくばかり。
  『オール・ザ・キングスメン』(スティーヴン・ゼイリアン監督)でも、ショーン・
 ペンのくさい、くさい、うさんくさい熱演に対して、ジュード・ロウはじつに静かでい
 い感じでした。
  フランス映画祭2007特別イベント「ジャック・ドゥミ、結晶(クリスタル)の罠」
 では、にわかジャック・ドゥミ人気にあきれるばかり。そのいきおいで、日本未公開の
 『天使の入江』や『モデル・ショップ』がきちんと公開されることになればいいのです
 が……。
  東京・池袋の「名画座」、新文芸坐の恒例の「気になる日本映画達(アイツラ)
 2006」で昨年公開されて見そこなっていた「気になる」日本映画の数々を恥ずかしな
 がら初見、発見、さらには再見、点検。ドキュメンタリー『プージェー』(山田和也監
 督)のモンゴルの少女、『かもめ食堂』(荻上直子監督)の小林聡美、『暗いところで
 待ち合わせ』の田中麗奈(新作の『ゲゲゲの鬼太郎』の猫娘を演じているのは似て非な
 る田中麗奈のよう)、それにアニメーション『時をかける少女』(細田守監督)の仲里
 依紗が声を演じるヒロインの少女が心に残りました。
 『マッチポイント』(2005)でウディ・アレンはもううんざりと思っていたところ、
 「ウディ・アレン 映画の中の人生」(リチャード・シッケル著、都筑はじめ訳、エス
 クァイア マガジン ジャパン)という好著が出版されました。
 「僕は映画の世界で生きてきた」とウディ・アレンは言うのですが、「僕は仕事中毒
 じゃないよ」とすぐつづけます。「仕事」とは「映画を撮ること」です。「映画は僕に
 とって何より一番大事というわけではない。僕はクラリネットを吹く。クラリネットを
 吹くのが好きなんだ。バスケットの試合も見に行く。テレビも見る。つまりスポーツの
 試合をよくテレビで見る。家族と一緒に過ごすのも好きだ。映画を作っている時、もし
 出来があまり良くなくて、あともう一回撮影できるけど、時間が夕方の六時で、七時に
 はニックスの試合を見にマディソン・スクエア・ガーデンに行かなければならないとし
 たら、撮影を終わらせて、ニックスの試合を観に行く。いつもそうだ。つまり僕にとっ
 て映画は宗教ではないんだね。
  仕事は好きだよ。外でソフトボールをするのが楽しいとか、ある人がボートに乗るの
 が楽しいのと同じ意味で楽しい仕事だ。それに自分本来の健全さを保つのにも役に立っ
 ている。でも僕は仕事中毒じゃない。死に物狂いで働いたりはしない。もしやろうと思
 えば、今以上に仕事をすることは可能だろうね。」
   そうか。「今以上に仕事をすること」を期待しましょうか。いや、これは2001年の
 インタビューにおける発言だから、『マッチポイント』はすでに期待された回答であり
 成果だったということになるのか。

★渡部実さん(映画評論家)──────────────────────────

  日本映画「1999年の夏休み」(1987年、原案・萩尾望都/脚本・岸田理生/監督・
 金子修介)は公開からすでに20年余りが経過しますが、この映画は既にカルト的な評
 価を勝ち得た作品となっています。その証拠に、現在も関西を中心にオフシアターの小
 劇団があの映画で描かれた、その後の4人の少年たちの生き方、運命を演じ続けている
 からです。この4月、東京の吉祥寺シアターで行われた「1999.9年の夏休み」(ア
 ロッタファジャイナ第8回公演/作・演出・松枝佳紀)は、その意味で衝撃的な舞台公
 演でした。今までのオフシアターの公演があの映画の美しさ、陶酔感を一様になぞって
 いるだけのものであったのに対して今回の公演は第一に時代精神と向き合っている解釈
 でした。大袈裟な言い方ですがこれは事実です。今回の演出家、松枝佳紀氏はあの映画
 が世に出て、今日の2007年までの期間、あの映画を“放置”してきた映画人に対する批
 評、批判を込めてこの舞台を作っていると思いました。まず題名の「1999.9年の夏休
 み」は1999年ではなく、最後の桁が小数点で、.9年となっています。これは本来な
 らば1999年の次の年は2000年になるわけですが、小数点を入れることで1999という数
 字は永遠に2000に達しない!? という皮肉が込められていること。それによってこの
 舞台は映画とは明確に別の作品である事を宣言しています。特に興味深いのは、主人公
 の少年たち、悠、薫、和彦、直人、則夫が1999年の夏から2007年の春まで眠りについ
 ているという設定です。舞台には眠る少年がオブジェのように現れます。そこには映画
 には登場しなかった白衣の心療内科の医師、看護師たちが現れ、眠っている少年たちの
 夢の領域への侵入を試みます。この医師、看護師たちを権力者とするならば個人の夢の
 領域に権力が侵入してくる世界は第二次世界大戦前夜のドイツ表現主義派のものです
 し、個人の記憶を未来への存亡に悲観的に託す点では「ラ・ジュテ」(1962年/クリ
 ス・マルケル監督)を思わせます。いずれにしても少年が目覚める今の時代2007年は
 危険な時代です。なぜならば、寄宿舎の最年長の直人少年に対しても権力は学院を去っ
 ていった直人の前に両親を登場させ、皆で平和な家族を作らせようとした矢先、18歳
 の直人に召集令状が来るという悪意を見せます。また薫にも彼がもっとも愛していた母
 親を登場させ、彼の信念を揺るがせるなど、甘美にして残酷な設定が用意されていま
 す。
  今までこのような斬新な解釈の「1999年の夏休み」はなかった。あの映画の中で悠
 が「生まれようと欲する者はひとつの世界を破壊しなければならない」と語りますが、
 ヘルマン・ヘッセの「デミアン」からの引用とおぼしきこの言葉に倣って言えば、今回
 の舞台公演の出現で金子修介監督(今回の舞台監修)を含めた映画人も、つい今日まで
 自作の映画「1999年の夏休み」の殻を自分で破ることができなかったのではないで
 しょうか。ここに私は作・演出の松枝佳紀氏がこの映画に対してただごとでない深い愛
 情を抱いていることを感じました。ブニュエルの「アンダルシアの犬」のようにピカソ
 のキュビズム(立体派)のように愛があるからこそ世界は破壊できるのです。
  映画が舞台によって殺され、葬り去られる。そして、葬り去った後に何が生まれるの
 か!? つまり作者松枝氏には1999年の夏休みから2007年の春休みまであの世界を延命
 させたい、少年たちを2007年に蘇生させたいのだという切実な思いがあったことを感
 じた瞬間、私はこの舞台公演に涙が出ました。2007年という危険な時代に少年たちを
 向き合わせた作者の意図は優れて独創的であり、考えさせられるものがある。独創的と
 言えば演劇分野の脚本家、岸田理生のあの映画の脚本はもともと演劇的であった訳です
 が(岸田の脚本は少女の未完の数々の言葉に後世のスタッフが自由に翻案できる余地を
 残していて、時代を越えた先見性がある)、それが金子修介(監督)、高間賢治(撮
 影)、中村由利子(音楽)、そして少女俳優たちらによって奇跡的とも言える美しく夢
 想的な映画として誕生したが、その世界を今回の芝居は演劇の領域のものとして、ふた
 たび奪還したのではないか。映画と演劇をあえて対立させれば、今回は明らかに
 「1999年」の演劇からの略奪愛の勝利です。
  少年を演じた10代の少女俳優たちも実にみずみずしく、公演の母体がオスカープロ
 モーションということもあり、国民的美少女コンテストで入賞経験もある少女たちは2
 時間近く映画と同じセリフをひとつも間違えることなく、少年を演じ切りました。プロ
 の仕事です。映画人は映画以外の分野には愚鈍ともいえるほど無頓着です(映画ばかり
 見ていても映画が理解できるはずはありません)。それに対して演劇人は他の分野の作
 品のみならず、映画も実に貪欲に見ています。この違いが今回の公演に反映されまし
 た。映画人は反省しなければならないと自戒を込めて痛感しました。ぜひ再演を望みた
 い舞台公演です。

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┣編集後記┫

◆次の第十四号をもってメールマガジン「試写室だより 封切はこれからだ!」は終了い
たします。

と聞いて「ええええ~!?」と声をお上げになった読者の皆様、心から感謝いたします。
「そんなの困るよお」とおっしゃっていただけるのでしょうか? 本当にありがとうござ
います。なんちゃって! 実は形が変わるだけです。次号やブログ「ただいま編集中!」
で、明らかにいたしますが、もっと(というか、やっと)電脳化されます。使い勝手がよ
くなります。見やすくなります。

今月はここまで。乞う御期待。 (れがあるF)

◆近所のレンタルビデオ店が何の前触れもなく閉店しTSUTAYAになった。ついこのあい
だ年会費(500円)を払ったばかりでくやしいんですけど…と言ったら、「代わりと言っ
てはなんですが」とサービス券(300円分)をくれました。200円の差額があるけど、ま
あいいか。『ケロロ軍曹』でも借りようっと! (れがあるU)

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■発行日:2007年4月30日
■発行者:れがある http://www.ne.jp/asahi/regard/best-urabest
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